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昨日、あまりにもやることがなく暇だった為、今日は何か予定を入れようと思い、お盆だし墓参りに行ってきました。墓参りなんて行った記憶は20年ぐらいありません。当然墓もどこにあるのか知りません。
両親に聞くと、隣の県にあるとのこと。両親共に隣の県出身だから当然と言えば当然です。両親も行こうかなとか言ってたが、俺は一人で行きたかったので、拒否しました。住所だけ調べてもらってグーグルで検索して地図出して、準備万端で出発です。

目的地は2ヶ所。父方のお墓と母方のお墓。父方のお墓まで約2時間半、そこから母方のお墓まで1時間ぐらいの予定です。お盆ということもあって車がとても多かったです。母方のお墓はお寺の中にあるので分かりやすいと思いますが、父方のお墓は古いお墓なので住宅地の一角にある為、結構分かりにくそうでしたが、あっさり発見。住宅地の一角に空き地があって、そこにお墓がいっぱいありました。お墓の場所もだいたい聞いてたので、これもあっさり発見。あっけないほど簡単に完了。墓の裏を見ると昭和7年に作られてました。高台の見晴らしのいい場所にある為、風もあって気持ちよかったです。

続いて、母方のお墓へ。こっちもあっけなく発見。お墓は屋外ではなく、室内にあると聞いていたので、入っていってみると、炊事場みたいな感じの所にミニチュアみたいなお墓がいっぱいありました。寺の方でゴミの分別ができないので、花以外のお供え物は持って帰って下さいって注意書きがありました。有難味もクソもないです。なんだこれ、って感じでした。ただお墓があってお骨を納めてるだけで、供養になるのかって感じました。流れ作業を連想しました。自分が死んで、こんなところに入れられるぐらいなら海に捨てるか山に捨てるかしてもらった方がマシですね。

生きてる人間の住む場所を確保するのも精一杯だから、死んだ人まで手が回らないのも分かるけど、何だかな~って感じです。こんな形だけの供養なら、墓いらないんじゃないかな。自分が死んだら、ぞんざいな扱い受けるもの嫌だけど、墓に入れて欲しいって思いもありませんね。海にでも捨ててもらうのが一番理想なんですけど。

生きてる人の都合で墓が作られ、生きてる人の都合で墓がぞんざいな扱いを受けるという、おかしな状態になってるように感じました。墓ってそんなに必要でしょうか。

お墓参りを終えて帰路についてると、前を他府県ナンバーの車がテレテレ走ってました。場所探してるのかなって、車間距離取って後ろを走ってました。2車線ある右車線を走ってたんですが、前の車が突然左車線に入ろうとしたんですが、後続車が来てたので「ビーー!」ってクラクション鳴らされて、また右車線に戻ってきました。危なかったんだろうけど、他所から来てる車だし、運転してるの年寄り風だし、ちょっと譲ってやればいいのにって思ってたら、信号待ちの時にその後続車が前の車に横付けして、窓ガラスが開いて、顔と腕を出して中指立てて「FUCK!!」と叫んでました。どう見ても日本人です。何ですか、この生き物は。まったりした気持ちになりたくてお墓参り行ったのに、結果的に行かなきゃよかったなって思いました。
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